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空白

そこに描き出すしかないのだもの。

君に夢中で泣きたい

確信を持った叙述が好きだ。

少なくとも、自分が文章を書く場合。
ああでもない、こうでもないと逡巡を巡らせるのは頭の中だけでいい。
言語化する思考は、既に何らかの結論にたどりついたものでありたい。
だからだろうか、これだけ言葉に依存した人間なのに、悩み事や懸念を紙に書きだしてみる、という思考の整理法が役だってくれたことは一度もない。
わたしの言葉は一点への収束だけを目指している。
そんな、信条にも似たものに逆らって、今日は書いている。

就職活動は残り2社となった。
1社は最終の結果待ち、もう1社は次の月曜日に最終試験を受けてくる。
本来ならば、ぜったいに書かないであろう状態だ。
でもこうしてこの場所に綴ることにしてしまった以上、避けられないような気がして、書いておく。

幽霊と恋愛することができるのだろうか。
幽霊という言葉はふさわしくないかもしれない。
わたしの魂をさらっていったのは言霊だから。
あ、魂が言霊にさらわれるのはなんらおかしくないのか。
そうかそうか。
はやく実体を与えてあげたい。

欲しい言葉を欲しい時に欲しい相手からもらってあふれる涙や感情を名付ける言葉は、安心であった。
そういう経験自体をしてきたことはこれまでにもあって、その涙は自分の弱さの表象であるようですこし恥ずかしかった。
ただ、その涙で立ち止まって、名付けまでの時間を与えてもらったのは初めてであったので、そこではたと見つけた安心、という感情に少しばかり驚いた。
21年も生きていれば、誰だってつらいことくるしいことは経験している。
自分だけが特別なわけではない。
でもすべての経験は個別的なものだろう。
わたしだけのかなしみに、くるしみに寄り添ってもらえる、その安堵。
知っていてもらえるというだけで、どんなに救われるか。
自尊心によって自ら妨げているものであるので、自己責任と言えばそれまでなのに、それでもやっぱり求めていたのだということに、与えられてようやく気づく。
つくづく傲慢である。

心配してもらう、ということも同様で、「しっかりしていること」を強いられてきたというか、勝手に強いられているように錯覚して生きてきたので、新鮮でうれしい。
繋ぎ止められていたい、のだ。
この世界をあいしている。その気持ちには、なんの偽りもないのだから。

うーん、いつか読み返した時この文体はわらってしまうんだろうな。
まだわたしのものになりきっていない感じがむずがゆいな。
でも、すきだな。