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空白

そこに描き出すしかないのだもの。

認識困難 「墜ちていく。」

遭難すきです。
東京事変というより林檎女史というよりこの曲。

19歳になっていました。
15歳の誕生日を迎えたときからここにはなにかしらつぶやいていたのだけど、今年はそれすらなかった。
年齢が大きくなるごとに誕生日の持つ意味が軽くなるというのはほんとうだとおもう。
今所属している楽団は定期演奏会がこの時期にあるので、やめないかぎり(そしてその予定はいまのところない。いいのかわるいのかはよくわからない)あと2年はあまりゆっくり過ごすということはできなさそう。
わたしはなぜだか誕生日やクリスマスに恋人がいるということがなかったのだけど、今年はいるにも関わらず一人で過ごす。
手の届かない場所にいるよりも、手を伸ばせば届くのに伸ばすことを許せないことのほうがつらいのかもしれない。
とりあえずこんなに泣いた誕生日が後にも先にもないといい。
心のない謝罪は余計に惨めになるだけだ。
心からの謝罪はひたすらにいとしい。
お互い意地っ張りなのです。
翌日の飲みは面白かった。ああ拗ねてる、とおもいながらぼんやりと眺める。
酔いに身を任せた振りをしてさらに機嫌を損ねてみる。
芯の部分は醒めている。
先輩たちの叱責は聞こえない振り。
羽目を外せる飲みはあそこだけなので、ついやりすぎてしまう。
反省は、あまりしていない。
ところで誕生日当日の0時付近にメールをくれたのが特に親しい子ではなかったあたりが、わたしの友人たちをよくあらわしているとおもう。
だいすきだ。
プレゼントで食器やら入浴剤やらをたくさんもらったので、そのあたりのことをきちんとしていきたい。
江國香織の小説ではお風呂の描写がたくさん出てくる。
水の音、水の重み、水の質感。どれもがわたしを守ってくれる。
小さなリセットボタンを押して、もう一度笑えるようになる。
きらきらひかるの文庫本を持っていたはずなのに、見当たらない。
夕食はよほど時間と心に余裕のあるときしか用意しないし、最近あまり食べなくても生きていける時期なのでついずぼらになってしまいがちだったけれど、たまたま今日は条件がそろったので一人鍋をしてみる。
これがなかなか美味しい。
実家に帰ったら、鶏がらスープの素、コンソメ、味ポン酢、それからゴマドレッシングをもらってこよう。

思いの外日記を書くという習慣がついてしまっておどろく。
なかなかパソコンをゆっくり開く時間がなくて、今年は題詠も読みきれなくて、それでも文章を書いてはいる。
でも随分と長い間、パソコンで書くということをしていたので、長くたくさん書きたいときはこっちがいいな。
今年の手帳ははじめてのHIGHTIDE。どこまでもシンプルだけど使いやすくてお気に入り。
今年のデルフォニックスはあまり心惹かれなかった。
プチグラで自分用プレゼントとして何か買おうとしたらあまりにも更新がなくてさみしくなった。しょんぼり。
だれかかわいい卓上カレンダーください。今年はルームソックスが3足あるよ。

今、試しに字数数えてみたら1200字近くあった。
たしかになにかがぐずぐず沈殿しているかんじはすごくする。
それがきれいなものかきたないものかはよくわからない。
でも、どちらにしろ、昇華、できたらいい。
朝早いんだった。家計簿つけて寝ます。