読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

空白

そこに描き出すしかないのだもの。

肩並べ夢を紡いだ

森山直太朗「夏の終わり」

すごくいまにふさわしい曲

この夏2回目の帰省

だいすきな鈍行列車

がらがらの車両

ひろがるパノラマ

植田正治の写真館いきたいなぁ

つれづれなるままに

泣かないでほしい、

という種類のやさしさと

笑っていてほしい、

という種類のやさしさが

あるとおもうのだけど

わたしはだいたい前者の人間なので

後者を他人に与えられるひとを

純粋にすごいとおもう

他人の幸福を自分のものとできる、わけだから

わたしは他人の痛みを自分のものにすることは

得意というか、

とてもおそれている

結局自分がいちばんかわいい

でも、それで?

わたしは案外、

わたしの生き方が気に入っている

音楽であるものと

音楽でないものについてかんがえる

とても感覚的なものだ

いま葉加瀬太郎のアルバムを聴いていて

たのしげなバーの喧騒からはじまる一曲がある

この喧騒は、はたして音楽か?

子供たちの拍手は、はたして音楽であったか?

わたしは吹奏楽をはじめるまで

音楽とは何の接点もない生活だった

流行りの曲を聴くくらい

(ピアノ教室とそろばん教室の見学に行って

そろばんを選んだ6歳のわたし!)

音楽をはじめてから

世界があざやかになった

もしくは、わたしが敏感になった

その分脆くも、不安定にも、なった

音楽であるもの、は、しばしば

わたしをつよくつよく揺さぶる

それを奏でるひとが、その人生が

背後に見えた瞬間

なみだがこぼれそうになる

(実際、こぼれる)

なにかを紡ぎだす者にとって

感受性は何よりの武器である

そして音楽は、意識的あるいは無意識的に

それを研ぎ澄ます

まったく、諸刃の剣だ

要は久石譲の武道館ライブDVDが

ほしいということ(笑)

犬島にも行きたいなぁ

自分の人生を託したいとおもえる

場所や、ことに

出会えるといい

あのひとと一緒にあるく人生、というものは

驚くほど想像できない

そもそもわたしはあのひとが

わたしのことを好んで愛してくれるから

好きなのだろう

そうでなくなったら、きっと、醒める

あのひとが家庭に期待しないのと同様に

(もしくはそれ以上に)

わたしは結婚に期待していない

永遠なんて信じない

わたしの人生はわたしのもの

わたしの心も身体もわたしのもの

求められれば応じるし

キスするのはすき

でも最後まではいかない、いきたくない

責任、がおもたい

だってまだ18歳

いいえきっとわたしはいくつになろうと

この自由を手放したくはないのだろう

あるがままにいきている