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空白

そこに描き出すしかないのだもの。

優しいあの嘘を思い出してる

昨日テンション上げすぎた時点でなんとなく予感はしていたのだけれど
案の定発熱…
午前洗濯物を干した後ずっとおとなしくしていたら下がったけどね
なんでこんなに体力落ちてしまったのかな
(入院したからです)
身体は何をするにしても資本なのに
一度失ってしまうと二度と取り戻せないものは案外多い
とか言っている矢先から前期試験のあたりから兆候が見られていた偏食傾向が進行
甘いものを食べないと落ち着かない、から、甘いものしか食べられない、へ
From A to B
うーむ…
おととしのmy sweet(←)の卒業のあとも同じような状態になっていて
2,3日で落ち着いたから
今回もきっと時間が治してくれるはず
環境の変化に悉くよわい
心が素直に認めないから
身体のほうがいつだって先に敏感に悲しみを表現してくれる
ご飯はおいしく食べたい!
おかあさんの手料理を好きなときに好きなだけ食べられるのも
あと少しだけなのに
ちなみに午後は小論文の勉強(=読書)

赤地に白ストライプのネクタイ
冬は緑、夏は青を基調にした大きめのチェックのプリーツスカート
濃紺のベストとブレザー
白いワイシャツ
合服が一番好きだったな、とか
夏服でも水色の半袖ブラウスは着なくて
いつも長袖で過ごしていたな、とか
いろいろおもう
中学は
ベストとブレザーは同じで
赤地に白ストライプのリボン
紺地に冬は赤、夏は青を基調にした細かめのチェックのプリーツスカート
歴史の浅い中高一貫の
重みのない制服に身を包んで
だからこそ自分たちでかけがえのない時の流れを刻んできた
そういう自覚はおそらく、中学からの同期生の多くが抱いているんじゃないだろうか
6年と3年の差は
付き合ってきた時間の長さ
よりも
付き合ってきた時間の質
によって作られている気がする
背負わなくてもいいものを背負って
考えなくてもいいことを考えてしまうのが私である以上
上辺だけの付き合いは上手にできなくて
高校からの友達も勿論大事だし大切だし大好きだけれど
なんというか、特別、である感じは
中学から一緒だった子たちだけなんだよなぁ、不思議なことに
高校に入学したばかりのときはほんとうに頑なに内に内に籠もっていたけれど
今はそれとはまた少し違う
相方もmossもファゴットもふしもmy sweetも
中学での出逢いだ、とおもって
だから、高校での別れより
中学での別れのほうが痛かったのかもしれない
まだ将来が不確定であるという理由も
悲しみに浸りきれない一因であるには違いないが
しかし将来なんていつだって不確定であることに気づいたのが
この3年間での成長かしら
一寸先は光、

途中紆余曲折はありながらも
ここには中2の11月から綴っていて
私の6年間の大半が置いてあるのだとおもって読み返すと
いつだって恥ずかしくて赤面してしまう
それもまた楽しいんだけれどね

これからもよろしくおねがいします
なんて、改まってみます
自然淘汰なんかされてやらない、
しぶとく生き続けてみせるよ!笑